ジャンプメニュー:サイトトップページトップサイドナビコンテンツトップ

神威の書 : 第三章 : « 第十節

第十節

………。
…どこへ……。
………。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
   ♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
………。
「…あ……」
当てのなくなってしまった僕の耳に。
ふと。
ディオンの音色が届いた……。
……そう…だ……。
………。
ハタ氏は。
[シナイ]を出るとき。
[ディオンを聴こう]…と。
僕に言った……。
……。
…ディオン……。
ハタ氏は良く。
あの音が。
音律が。
好きだと言って……。
……。
…たっ……。
僕は。
ディオンの音律を追って。
走り出した……。
………。
たったったったっ…。
……たったっ……。
………。
ディオンは。
いつも同じ場所で。
弾いているわけではなかったから。
その音律を頼って。
探し出さなければならなかった…。
でも。
それも。
楽しいじゃないか…と言って……。
…ハタ氏は……。
……。
だけど。
いつも。
僕の耳に任せると言って。
自分では探さなかった……。
……。
好きだと言ったのは…。
自分なのに……。
………。
…たったっ……。
「あ……」
………。
僕の視界に。
ディオンの姿が入った……。
……。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
   ♪♪♪
  ♪♪♪
……。
音律が。
より強く。
僕の耳に響く……。
………。
僕は少しゆっくりと。
その音律に近づいて行った……。
………。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
……。
ディオンの。
その指使いまで。
見える距離に近づいたとき……。
……。
「あっ……」
ディオンの右手首に。
見覚えのある時計が見えた……。
………。
……。
「あ…あのっ」
……。
♪♪♪
 ♪♪♪……。
……。
演奏が止んで。
ディオンが僕を見た……。
「あ…の……すみま…せん……。あ…の……」
「やあ。これは。お美しい方。私めに何か。リクエストでもございましょうか?」
………。
ディオンは。
軽快な調子で僕に応えた。
「あ…い…え……。あ…えっ…と……。あの…。その…時計…は……」
「はい?時計…でございますか?」
「あの…その右手首の……それ……」
「おお。これでございますか。これは。そこのお客様が。チップだと言って。私にくださったのですよ」
「え…そこ……?」
「はい……。そこ……。お…おや~?」
「………」
「む~。変ですなぁ。今までそこで。私めの演奏を。お楽しみくださっていたのに…」
「………」
「おかしいですなぁ…?ちょっとの隙に席を立って……?」
「………」
「おお。きっと。そうにちがいありません。きっと。ほら。アレでしょう。アレ」
「…あれ…?」
「そうですとも。いや~。アッパー・クラスの方でも。用足しはなさるんですねぇ。はい」
「………」
「大丈夫。お美しい方。すぐに戻ってらっしゃいますよ。どーせもう。ライナーも終わってしまったことですし。他の地区でうろうろするよりは。このカナンで。私めの演奏を聴いていた方が。よっぽど。よろしい。おほん」
……。
ディオンは。
少し胸を張って言った……。
……。
…………。
でも……。
…本当に…。
待っていれば会えるんだろうか……。
……あのメール……。
あの…画面……。
………。
「おお。お美しい方。御仁とけんかでもなさいましたか?どうか。そんなに悲しそうなお顔をなさらずに」
「…っ…」
「どうか私めの演奏を聴きながら。御仁のお帰りをお待ちしましょう。ご一緒に」
………。
そう言うと。
ディオンは再び。
演奏を始めた……。
………。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
   ♪♪♪
  ♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪………。
………。
少し。
物悲しいような……。
……ディオンの奏でる音律……。
……。
♪♪♪
 ♪♪♪
……。
ハタ氏は……。
……。
記憶があると。
書いてあった…。
…ディオンの…音も……?
………。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪
………。
聴いていた……。
………。
プライベートで会うのは。
それ程頻繁ではなかったけれど……。
会所で会えば。
ほとんどカナンに来て……。
[シナイ]で飲んだ……。
ハタ氏はいつも。
マゼンダで……。
…たわいのない…話を……。
………。
 ♪♪♪
  ♪♪♪
 ♪♪♪
………。
僕が。
あんまり口をきかないから……。
いろんな話を……。
………。
……。
「………」
ふいに。
僕の目から…。
…涙…がこぼれた……。
……。
………。
…なぜ僕は…。
泣くのだろう……。
……さっき[シナイ]…でも……。
………。
♪♪♪
 ♪♪♪……。
……。
「おおおお。泣かないで。どうか。お美しい方。私の演奏では。慰めになりませんか」
………。
ディオンが急に演奏を止め。
僕に話し掛けた……。
「……い…いえ……。そ…うじゃ……」
……。
僕はあわてて応えた…。
だが…。
そう言うそばから…。
…涙が…伝って……。
………。
こんな…に…。
…覚えている……。
……ハタ氏の…こと……。
これを…すべて…。
…忘れてしまう……?
……なかったことに…して…しまう……?
………。
それは……。
…それ…は……。
………。
……。
…。
「…おじいさん……」
……僕はディオンに言った……。
「… MUSETTE を…聴かせてください…。歌も……」
……。
MUSETTE は。
ハタ氏が一番好きな曲だ……。
………。
「おおおおお。よろしいですとも。お任せください。MUSETTE は。私めの得意中の得意でごさいます!」
………。
♪♪♪
 ♪♪♪
  ♪♪♪……。
………。
ディオンはそう言うと。
すぐに弾き始めた。
そして老練な声で。
歌い出した……。